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ブランディングADPUBの日常

2026.10.15

映画の歴史をざっくり旅してみた

先日、映画館へ行ってきました。
というわけで今回は、映画の歴史をゆるっと振り返ってみます。「映画の歴史」と聞くと、なんだか教科書っぽくて身構えてしまいますが、実はこれ、ちょっとした「発明と悪ふざけと執念」の積み重ねなんです。


13年ぶりの「魔法少女まどか☆マギカ」の新作!ネタバレは控えますが、面白かったです!


「動く絵」への憧れから始まった


映画が生まれる前から、人は「絵を動かしたい」と願っていたようです。影絵、幻灯機、パラパラ漫画のような玩具…。いろいろな工夫が試されてきました。



中でも有名なのが、1870年代にマイブリッジが撮った「動く馬」(うごくうま、The Horse in Motion)の連続写真。
映画「NOPE」や、映画「チェンソーマン レゼ編」などでもオマージュされているこの作品は「馬が走るとき、4本の足がすべて宙に浮く瞬間はあるのか?」という疑問を確かめたくて始まった、という話がよく知られています。動きを写真で分解できると示したこの実験が、映画への大きな一歩になりました。

「映画の父」リュミエール兄弟により、映画が誕生



1895年12月、フランスのリュミエール兄弟がパリで有料の上映会を開きます。「工場の出口」という映画は1分にも満たない短いもので、工場から出てくる人々を映しただけの無声の映画。しかしそれが、映画史の出発点のひとつとして語られ、「映画の誕生」の象徴として扱われることが多い作品です。
ここに「物語と特殊効果」(ストップトリックなど)を持ち込んだのが、奇術師出身の映画監督、ジョルジュ・メリエス。1902年の『月世界旅行』は、ロケットが月の顔に突き刺さる有名な場面とともに、今も語り継がれています。

音がついた、「サイレント」から「トーキー」へ




初期の映画には音声がありませんでした。ただ、無音で上映していたわけではなく、劇場ではピアノなどの生演奏がつくのが一般的でした。日本では「活動弁士」と呼ばれる語り手が、スクリーンの横で物語を解説したり、登場人物の声を演じたりして、これが人気の職業になっていました。
転機は1927年、アメリカ映画『ジャズ・シンガー』です。台詞や歌が映像と同期する長編として注目を集め、一気に「トーキー(音のある映画)」の時代へ向かいました。日本でも1931年に初の本格トーキー『マダムと女房』が公開されています。

日本映画の躍進と、テレビに対抗する「大画面」




1950年代は、日本映画が世界に存在感を示した時代でもあります。1950年公開の黒澤明監督『羅生門』が、翌年のヴェネツィア国際映画祭で最高賞を受賞し、世界が日本映画に注目するきっかけになりました。小津安二郎の静かな家族ドラマ、1954年の『ゴジラ』など、個性の強い作品が次々に生まれます。
同じ頃、アメリカでは家庭にテレビが普及し、映画館に足を運ぶ人が減っていきました。そこで映画界が出した答えが「テレビにはできない迫力を見せる」ことでした。横長の超ワイド画面(シネマスコープなど)や、立体的に見える3Dが登場したのはこの時期です。「映画館でしか味わえない体験」を作ろうとする工夫は、このころから始まっていたんですね。

特撮・CGからデジタル、そして配信へ


1977年の『スター・ウォーズ』は、特殊効果の技術と大ヒット作の作り方を大きく変えたと言われます。その後、コンピューターグラフィックスが少しずつ映画に入り込み、1995年には『トイ・ストーリー』が世界初のフルCG長編映画として公開されました。
2000年代以降は、撮影も上映もフィルムからデジタルへ移っていきます。2009年の『アバター』は3D映画ブームを牽引しました。さらに近年は、動画配信サービスの普及で、自宅で映画を観るのも当たり前になりました。

こうして振り返ると、映画の歴史は、

  • 馬の足を確かめたかった「好奇心」
  • 街の風景を撮ってみた「素朴な発明」
  • 奇術師の「遊び心」
  • もっと驚かせたい!という「作り手の執念」

の積み重ねだったと感じます。「映画館に行く」という体験自体も、テレビや配信に押されながら、そのたびに進化してきました。みなさんも、なんでも構わないので、気になる一本、薦められた一本、バズってる一本などがあれば、ぜひ映画館へ足を運んでみてください。




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